仕事の捉え方 ~やりたくないことへのプロ意識~

キャリアの手助け

『これは自分のやりたいことじゃない!』

私は大学生で就職活動を始める頃、この言葉・フレーズをさまざまな場所で見聞きし、自分の「やりたくないこと」を何故しないといけないのだろうと深く考え込んでしまい、頭を悩ますことがありました。

そんなモヤモヤを抱えながら社会人になり、メンタル不調に陥るまでずっと考えさせられるテーマでもありました。

そんな私は今、一企業の人事・採用担当として4年ほど学生の方と接したり、高校・大学で講話をしたり、プライベートでは学生時代に熱中していた陸協競技の社会人チームで活動したり、少年自然の家でボランティア活動などをしています。

「やりたくもないこと」を強制させられたり、「仕事・成長」というワードで括られたりすることで、より一層の深みを増した悩みの種になってしまう方も多くいます。

さらに就職活動の中では、実際にやってみないうちに決めつけてしまうこのような言葉をよく聞きます。

就活中:自分のやりたいことができる会社ですか?

配属後:これは自分のやりたかったことじゃない!

これらの言葉が悪いとは思いませんが、自分の能力にどれだけ自信を持てているかで捉え方は変わると思います。そして私は、これらの言葉を聞いたときにこのように聞き返しています。

「自分のやりたいことが、あらかじめ会社に職業として用意されると思いますか?」

そしてこう思います。

仕事とは、「どのくらいクオリティーの高い仕事ができて、そこにプライドが持てるか?」であって、「好きか嫌いかなんてどうでもいい」のでは?

私自身、そもそも仕事とは「誰かにとって嫌なこと」を、それが得意な人やできる人、できるかわからなくともとりあえずやる人などによって成り立っていると感じていましたし、このような思いを持たれている方に多く会います。

しかし「辛くて嫌な仕事を続けても…。」という経験もありますし、メンタル不調に陥ったり、陥っている人を見てきて、難しい捉え方でもあると認識するようになりました。

今回は『やりたくないこと・嫌なことを仕事にする』というお悩みについて、私自身が考える『クオリティーの高い仕事ができて、そこにプライドが持てるか?』をテーマに私の想いをお伝えさせていただきたいと思います。

お金をいただいて提供する「質」

どのくらいクオリティーの高い仕事ができて、そこにプライドが持てるか?

それが全てであり、好きか嫌いかなんてどうでもいい。

私は「好き嫌い」と「仕事」は関係ないと思っています。

もう少し踏み込むならば、「その仕事が好きか嫌いかなんてどうでもいいこと」だと捉えるということです。

例えば、ものすごく美味しいパンをつくるお店があり、毎日行列ができるパン屋さんがあったとします。

そのパン屋さんがパンを焼くのが好きか嫌いかは関係あるか? ということです。

■ パンを焼くのが大好きで仕方ない、だけどその人のパンは美味しくない
■ パンを焼くのはとても手間で嫌い、だけどその人のパンは美味しい

仕事とはそういうものだと思うのです。

世の中にはたくさんの仕事観があると思いますが、私は「お金を払うこと」「お金をいただくこと」には好き嫌いに対する1つの考えを持っています。

お金を払うこと:好き・嫌いで選べばいい

お金を頂くこと:好き・嫌いで選んではいけない

この「お金を払うこと」は、自分のお金を自分の好きなものに使うことで心が豊かになると感じています。

例えば、好きなものを食べる、好きな色の服を買う、家族に食事をごちそうするなど、存分に自分の嗜好を反映することで、自分自身が満たされるように思います。

しかし、「お金をいただくこと」は、相手が「お金を払ってでもその仕事をやってもらいたい」という 好き嫌いを超越したレベルのことだと思うのです。

そう捉えると、仕事というのは『どのくらいクオリティーの高い仕事ができて、そこに誇りを持てるかが大切であり、好きか嫌いはどうでもいい』という私なりの結論に至りました。

それでも周囲を見渡すと、世の中には好きな仕事ができている人もいれば、その仕事に向いているという人もいます。

それはとても運がいいのだと思います。

私は好きなことと今の仕事が一致していますが、細かな業務内容の中には一致しないものの方が多いですし、そもそも一致しない方が多いのだと思います。

なので私は、嫌いな仕事をお金をいただくためにしているのに、そこで手を抜くのは価値を下げる最低なことなのでしたくないと思っています。

自分がした嫌な仕事ににお金を払って買ってくれる方がいるのに、手を抜くというのはその仕事を行うプロとして誇りがないということになります。

自分にはその仕事が嫌いだけど、その仕事に適性があるのかもしれません。

自分は誰よりも上手くできる誇りがあってやっているのに、その仕事がいい加減なものだったら、自分を支えてくれるもの(信頼など)は何もなくなってしまいます。

私は「嫌いだからこそ、完璧にしてやろう!」という想いを強く持って、約10年の社会人を生活を歩んできました。

例えば、アイドルになりたくて大手事務所に入るために努力として正しいのは、一生懸命にダンスのレッスンを受けたり、歌唱力を上げる練習をしたりすることなどがあるかもしれません。

しかし、それを自分自身に改めて目を向けたときに、「それらを自分がやるのは正しい努力なのか?」ということです。

それでも世の中には、意外とこの仕事が好きだから!と言って無理をしている人もいます。

業界や職種を悪く言うつもりはないですが、アニメーターの世界に飛び込んだ私の友人は、好きなことを仕事にしています。

しかし、給料は最低賃金以下で15時間働くのはザラで、その残業時間もサービス残業となっていて生活できずに仕送りをしてもらって生活しながら、好きなことの世界に身を置いています。

これも人それぞれの価値観であり、一生懸命している人は世の中にはたくさんいて、その仕事からどこに満足感を見出すかは人それぞれということです。

その場合はプロの仕事としてこなせるスキルがあるのであればいいと思いますが、しかし好きだけでは食べていけない(稼げない)、仕事としては成り立っていないなど、「?」マークがつく疑問にもなり得ます。

この分野だったら絶対に勝てる(食べていけるほど稼げる)と思って始めたことでも、その環境を見て別の環境に変えることも1つだと思います。

「好きを仕事にする!」というキャッチフレーズを聞く機会が増えてきましたが、「好き」の環境の中に「?」マークがつくことがあるのか客観視するべきだと思います。

そうすると「嫌い」の方にチャンスがあるのではと客観視しないといけなくなりますし、その作業は自分の嫌なところ深く見つめる辛い作業になるかもしれません。

私なりの考え方ですが、そんなときは頭の中で「天使と悪魔」が戦う場面を想像し、その登場人物を変えて俯瞰的にみてみます。

「天使を小悪魔に変え、小悪魔と悪魔が戦う」場面で想像してみることで、「どっちも悪い」となります。

「どっちも悪い」ので、ちょっと悪い小悪魔が勝つことが多く、「こっちの道はどうかな?」と嫌いにな事の中にも新たな視点も見出し、自分を客観視できるようになります。

「やりたくないこと・嫌なこと」にもチャンスがあると捉えることができると、自分がプロフェッショナルに近づいていると実感できるかもしれませんね。

やりたいことをする = プロになる

「お金をいただく」という視点から嫌なこと・やりたくないことに対する捉え方をお伝えしてきましたが、好きなことでお金をいただくことができたら、それは最高のことではないでしょうか?

そして、その好きなことするというのは、いずれは好きの先に専門性が身につき、『プロ』になるということです。

例えば、お寿司が大好きでお寿司屋さんになりたい!と思ったとしましょう。

お寿司が大好きで大好きで、自分で食べるのも好き、食べている人の幸せそうな顔も好き、ネタもシャリも食材の全てが好き…だと思っているときに、お寿司屋さんとして仕事をするならば、それらを追求してお金をいただけるようにならないといけません。

そうすると、お寿司が「大好きだったこと」が仕事となることで、「心から楽しめなくなる」という現象が起きるようになります。

何故なら、好きなことで食べていける(稼ぐ)プロになるには、乗り越えないといけない「大変なこと・やりたくないこと(嫌なこと)」がほとんどだからです。

そして、それを受け止めて頑張れるかどうかは、「いまやっていることが好きであるか」も大切ですが、最初の頃に思っていた「純粋な楽しさは0(ゼロ)」になるでしょう。

さらに、プロになると責任がついて回ります。

上手くいったときの気持ちよさは言葉では表現できないような快感があるでしょう(私は人事としてあります)が、その時間は一瞬で、基本的には失敗と常に向き合う時間になります。

その失敗と常に向き合うことはとても大変ですし、その環境に身を置き続けて考えることも大変です。

そして、自分が「プロフェッショナルの意識」を持っていたとしても、「自称プロ」を名乗ったとしても、それを決めるのは周囲であるということです。

プロはお金をもらっている人間の事ではない

お金を払ってでも、その仕事をやってもらいたい人間のことをいう

この言葉もあるように、自分が責任感を持ってプロ意識を確立できないと、信用・信頼は生まれないのかもしれません。

私は「もう一度同じ人生を、好きから始めたその分野でプロフェッショナルになりたいか?」と聞かれると、即答で「やる!」とは断言できないと思います。

何故なら私は、ただ1つの分野を極めようと「やりたいこと」をやり、専門性を持ってくると周りから勝手に「プロ」と認定されただけの、「偽りのプロ」なのかもしれません。

自分では恥ずかしくて「人事のプロです!」と言い切れないときもあります。(自分よりもさらに上の人をみたときだけですが…(笑))

しかし私よりも、もっと自分で自分を追い込むほどの専門性を追求したプロの世界は「また同じ道を歩みたいか?」と問われても即答できない想像を絶する世界だと知っておいてもらいたいと思っています。

さいごに

「仕事の好き嫌い」や「お金をいただくということ」、「プロ意識・責任」についてお伝えしてきましたが、私の中で「やりたくないこと」を変える指標があります。

就職活動をする中で、多くの人が仕事を選ぶ際に「お金」や「会社名」を重視するように感じます。

しかし、仕事というのはもっと多角的な視点で捉え、選んでいくと良いと思っています。

私なりの解釈も含みますが、多角的な視点の指標となるのが「6W4H」です。

When = いつ勤務するのか

Where = 仕事する場所

Who = 誰が働くか(これに関しては「自分」という答えが出ている)

Whom = 誰と働くか

What = 何をする仕事か

Why = なぜその仕事か

How = どのように働くか

How long = 仕事の期間

How much = いくらもらえるか

How many = 仕事量はどれくらいか

この「6W4H」の中でも、軽視されがちではあるものの意外と重要視される比率が高かったりするのは『 Whom = 誰と働くか 』です。

どんなにつらい仕事でも、一緒にやる仲間が最高であれば素晴らしい仕事になりえますし、逆にとても望んでいた仕事内容でも、関わる人たちが最悪だったら最低の仕事になりかねません。

確かに「お金」や「社名」は大事かもしれませんが、それ以上に大切なものが自分の中にあるかもしれないということです。

「仕事選び」は、それらを踏まえてのバランスで選ぶことが重要であり、全ての要素が完璧に揃う仕事などないのですから。

「選択」と「期待」について、私の好きな名言にこのような2つの言葉があります

頑張るしかない… 他に選択肢がないから…

そうじゃない、選択肢はずっとあった!

でも選んだんだよ… ここを、選んだんだよ!

「期待」という言葉を軽々しく使いすぎる…

自分に自信があるときは「期待」なんて言葉を出してはいけない

「期待」っていうのは「諦めから出る言葉」なんだよ

そうせざるを得ない、どうしようもないときに出る言葉なんだよ

今いる自分の現在地はたくさんの「選択」から生まれた結果です。

そして、そこから活路が見いだせなくなったとき、「期待」という言葉でこうなってくれたらいいのにと他責にして自分では行動しないことがあるのではないでしょうか?

私自身もそのような経験があり、この言葉に出会ってからは「期待」せず、確実に自分のものにしていく覚悟と不安を背負って一歩を踏み出すことで、『やりたくないことに立ち向かう』ことができるかもしれません。

それでは今回はここまでです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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