「難しい・できない」から抜け出す方法

キャリアの手助け

『自分には難しい。できない!』と感じることはありませんか?

そして、そう思って「やりたいこと」からあきらめた経験はありませんか?

私自身もこの言葉をよく使い、何かあるたびに「これは難しすぎる、できないな。」とあきらめてしまうことが多くありました。

また、教員の道へと進みたいなと思ったときに、夢を追って輝いて見える周囲とのギャップに疲れてしまっていました。

そんな私は今、一企業の人事・採用担当として4年ほど学生の方と接したり、高校・大学で講話をしたり、プライベートでは学生時代に熱中していた陸協競技の社会人チームで活動したり、少年自然の家でボランティア活動などをしています。

今回の記事では、私が『教育』について悩み、大学院での経験の中で新しく芽生えた価値観…

“ 難しいと思うことでも、必ず自分らしく実現する方法はある ”

という、自分なりの答えに行きつきました。

今回は私が経験した難しいと思う」のあきらめを、自分なりに見つけた『 自分らしく実現する 』ということについて、私の想いを綴りたいと思います。

理想を打ち砕かれる経験

私がまず『教育者』について考えたとき、つまらない授業をする先生や興味関心を持たせてくれる先生など、さまざまな先生方と出会ったことが思い出されました。

教育に限らずどんな分野でも「すごい人」「活躍している人」をイメージすると、大胆さや勇気を兼ね備えたすごい人がやることなんだとイメージするのではないでしょうか?

私にとっては、例えばリーダーシップや発信力、人望などを兼ね備えている並外れた能力の持ち主というイメージがありました。

そしてその並外れた能力は、私にとってはとても程遠い存在でした。

しかし、ただ私にはやりたいことが1つありました。

学習指導要領を無視した(外れた)『自分が経験してきたことを自分なりの教材として教えたい』

というものです。

そして私は、そんな夢をずっと5年間持ち続けていました。

何故、そんな思いをもったのか…。

きっかけは日々の講義が退屈だと感じていた大学3年生でたまたま受けた外部講師が招かれたセミナーでした。

その講師の方は海外渡航の経験が多く、海外から見た日本について語られ、私の狭い価値観を壊していく斬新なイメージのギャップがあったのです。

「食文化」の1つを取っても特殊な民族である自分たちは「教育文化」も特殊であり、それは戦後にアメリカで作られた思想や元から日本にあった思想、途中で排除した思想などが入り混じったものであり、今の自分が形成されている所以を知りませんでした。

そして、自ら調べれば調べるほど、私が生きてきた環境は家族にも友人にも囲まれていて、経済的にも恵まれた生活をしていたのだと実感しました。

もしかすると世界には、ただそこで生まれたというだけで苦しんでいる人たちがたくさんいるのかもしれないと考えるようになりました。

そして私は偶然、恵まれた環境に生まれたのだから次は私が社会に対して恩返しをしていく番なのではないか考えるようになりました。

しかし、自分には何ができるかを考えたとき、英語も話せず「世界に向けて何かをする」ということが「難しい、できない。」と悔しかった思い出があります。

そこから視点を変え、「良くも悪くも自分に英語ができないのであれば、世界を変えてくれるのは英語が話せる日本人に世界を変えてもらうことでいいか!」と今思い返せばとてもぶっ飛んだ考えに至りました。

それでも「他者に変えてもらう」という他者依存ではなく、変えてくれる力を持った人たちに自分の想いを伝える活動として、自分なりの教育ができるのではと思っていたのです。

しかしそう決意はしたものの、何か行動しなければと思いつつも私には勇気がありませんでした。

いきなり教育現場でそのような教育ができる訳もなく、心をすり減らすだけになると感じていたからです。

そして、もっと自分の知識を深めないとそんな教育はできないだろう思い、私は大学院の教育学部院に通うことにしました。

大学院での同級生は志が高く、自分の夢を語りながらキラキラ輝いていましたし、夢に向かってやり遂げる力がある心から尊敬できる人たちばかりでした。

そんな周りの人たちの比べて、毎日毎日、私は自分にできないことに目が向くようになりました。

「どうやったらもっとできるようになるのだろうか?」「どうやったら周りの人に近づけるのだろうか?」と、そんなことを考えているうちに、自分には一体何の取り柄があるのだろうと考えるようになりました。

毎日、自分の悪い面と向き合っているうちに、自分の良いところが全く見えなくなってきたのです。

そして私は、周りの人と比べて優れているところがないのであれば、私に教育は向いていないのかもしれないと考えるようになりました。

そして私が出した結論は、「ずっとやりたいと思っていた教育をやめる」というものでした。

大学院で気づいた価値観

「ずっとやりたいと思っていた教育をやめる」という決断を下し、退学の意向をゼミ教授に相談した際に、教授がかけてくれた言葉があります。

いいかい…。思い直せとは言わないが、こんな捉え方をしてほしい。

“ 君が「教育」をしないということが、社会にとって損失になることを考えたほうがいいよ。”

私はその言葉にハッとしました。

もしかすると、私は周りの人みたいに上手くはできないかもしれない。

しかし、とりあえず私がやってみることで「1か100かの結果」を残す可能性があるじゃないかと捉えられるようになりました。

何もやらなかったら、結果はずっと0だけ、それでもやってみたら最低でも1という結果は出るだろうと…。

そして、それと同時にセミナーで衝撃を受けたことが目の前に広がり、今この瞬間も苦しんでいる人たちがいるということを思い出しました。

私が今日どんなことをしようが、あの頃と苦しんでいる人たちの状況はほとんど変わっていないという現状が頭の中で無意識に描かれました。

教授の言葉が私を動かし、「一刻も早く教育に携わりたい」と思うようになりました。

それからの私はどんな形で『学習指導要領を無視した教育』をしようかと悩みました。

そこで周りの教員や教員を目指す人、塾講師の人たちに注目してみると、本当にいろんな人がいるということがわかりました。

「教育」といっても得意分野はそれぞれに異なるということです。

人前で熱く語ることが得意な人もいれば、コツコツと黒板やホワイトボードに書き続けることが得意な人もいました。

そして私が気づいたのは、「教育者に正解はない」ということです。

どんな人たちでも教育するような力はありますが、どんな教育をするかが違うだけ。

それに気づいたとき、私は私らしい姿で教育者になろうと思うようになりました。

そして私は教員として教壇に立つのではなく、民間企業に属しながら社内講師や研修担当、さらには採用担当者として社内外で教育に携わる活動をしようと現在に至ります。

今回のお話は「教育」にスポットを当てましたが、これは教育に限らず他の職業にも言えることだと思っています。

例えば「デザイナーは絵が上手くないといけない」、お医者さんは頭が良くないといけない」というのは、本当にそうなのでしょうか?

「絵が上手く描けなくても色使いが上手いデザイナーさん」もいますし、「成績が良くなくても患者さんに寄り添える優しいお医者さん」がいます。

だからこそ、やりたいことがあったら、自分に足りないところばかりを見るのではなく、自分らしく実現する方法を考えてみてほしいと思うのです。

そして、それが「世間一般で言われているような言葉」に惑わされないようにしてほしいと思っています。

どんなことでも自分らしく実現する方法はあり、それが一般的な形ではなくてもいいのです。

自分らしい形をつくっていけばいいですし、行動してみることでやっと気づくことだってあると思うのです。

「あぁ、もっとこんなスキルが欲しいな。」とか「思ったよりもそんなに楽しくなかったな。」ってこともあるかと思います。

それでも、そんなことは全てやる前からは見えなかった景色なのです。

私は自分なりの教育に携わってみて、1番嬉しかったことは、自分のやりたいという想いに対して、応援してくれる人たちの存在でした。

1人で考えていたときには全然気づかなかったのですが、純粋なやりたいという想いに共感してくれる人というのは必ずいます。

そんな存在があるということも、立ち止まっていたときの私には全然わからなかった経験です。

さいごに

私が今回お伝えしたいことは2つです。

① やらないうちは何の結果も生まない

② 自分には無理と思うことでも必ず自分らしく実現する方法はある

「やらないうちは何の成果も生まない」というのは、それが自分に向いているのか、はたまた向いていないのか、そんなこともやらないうちはわかりません。

結果を生んでいないのに判断するというのは早すぎるということです。

そして、「自分には無理と思うことでも必ず自分らしく実現する方法」は存在するということです。

誰でも『個性』があり、最初はひとりぼっちの挑戦に思えても、自分のやりたいという想いを言葉にして広めていくうちに、必ずそれに共感してくれる仲間が現れます。

さらには、一歩を踏み出す決意をすることができたなら、心はとても軽くなると思います。

『個性』の中には各自の特性として、得意・不得意があります。

そして、どんなことでもやり方は1つではなく、いろんなやり方があります。

やりたいことがあるのであれば、あなたらしい方法でどうやって実現させるのかと考えてみてください。

そして、あなたの純粋な挑戦したいという想いには、応援してくれる人が必ずいます。

今この瞬間に、あなたらしい一歩を踏み出す決意をしたのであれば、私が最初の応援者になります!(笑)

それでは今回はここまでです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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