「将来の夢」が持つ可能性と3つの質問

キャリアの手助け

『あなたの夢は何ですか?』と問われたとき、どう答えるでしょうか?

そして、その答えに詰まったり「うーん、思いつかないな」と答えた経験はありませんか?

私自身もこの言葉を小学校・中学校・高校の頃によく大人たちから聞かれ、困惑したり、イライラしたことがありました。

考えるのもめんどくさいし、「その質問をしてどうするの?」「何が知りたいの?」「じゃあ言ったら叶うの?」と思っていました。

そんな私は今、一企業の人事・採用担当として4年ほど学生の方と接したり、高校・大学で講話をしたり、プライベートでは学生時代に熱中していた陸協競技の社会人チームで活動したり、少年自然の家でボランティア活動などをしています。

今回の記事では、私が大学生の頃に経験した『少年自然の家』でのボランティア活動での経験の中で新しく芽生えた価値観…

“ 「夢」から進む道には、無限の可能性がある ”

という、自分なりの答えに行きつきました。

今回は私が経験した夢の持つ可能性」を、自分なりに見つけた『 3つの質問 』ということについて、私の想いを綴りたいと思います。

3つの質問

私が大学生の頃に少年自然の家のボランティアで、「夢思考(志向)面談」というものを広めていました。

個の面談内容は簡単で、少年自然の家でバーベキューやテント設営、イカダづくり、スキーなどたくさんの体験を学ぶプログラムの中に、20分だけの短い時間で単純に「子どもたちと夢の話をたくさんする」というものです。

「夢思考(志向)面談」で聞く質問は3つだけです。

● 夢はありますか?

● 昔はありましたか?

今ハマっていることはありますか?


このたった3つだけの質問で夢が引き出せます。

まず1つ目の「夢はありますか?」と聞いてみます。

そうすると「夢がある!」という子が何人かいます。

例えば、サッカーが大好きな男の子の夢は「プロサッカー選手ではなく、バイエルンミュンヘンかレアル・マドリード入団したい!」という夢でした。

この夢を聞いたとき、私は「じゃあ、どうやって入ろうか?」「いつ入団する?」と問いかけながら話を進めていきました。

この子と話したときは小学校5年生の時期だったのでだったので、「中学サッカーをするのか」「高校サッカーをするのか」「大学サッカーをするのか」「Jリーグに行ってからバイエルンに行くのか」「それとも中学校を卒業したらバイエルンに行っちゃえばいいんじゃないか」という話もしました。

こんな話をしてはいましたが、私は実際にその子のサッカーをしているところを見たことがありませんでした。

それでも私は、彼が本気でバイエルンに入団できると思っていますし、応援しています。

こんなふうに「夢がある!」という子がいる一方で、「夢がない」という子もいます。

そんな子にする次の質問は、2つ目の「昔はありましたか?」というものです。

「昔はあった?」という言葉に続けて、「お兄ちゃん(私自身)の1番最初の夢は忍者になることだったんだよ!」と言うと、「えっ、何それ(笑)」といった反応をします。

そして「そんな夢だったらあったかもしれない」と話をしてくれます。

例えば、小学生6年の女の子が「建築士になりたいと思っていたんだけどやめた」と言いました。

やめた理由は「建築士のテスト(試験)が難しいって聞いたから…」と言います。

では「何故、建築士になろうと思ったの?」と聞いてみると、「私はひ弱だから力仕事は得意じゃないけど、地図に残る仕事がしたい」と語ってくれました。

それを聞いたとき、「だったら建築士になればいい」と思いましたが、本人があきらめた背景が明確ではなかったので、「どうやったらなれるんだろうね?」と一緒に話しました。

「近道ってあるのかな?」といった話などもして、2人で探してみると、日本大学に入ると試験が通りやすいという話がでできました。

嘘かホントかわからない情報なので、しっかりと調べながら、日本大学に入れる高校を探して、その高校に入ればいいという話につながっていきました。

ここまでの質問パターンの子どもたちが多い中で、「夢はある?」「昔はあった?」の質問にも「いや、なかった」という子もいます。

そんな子に対する3つ目の質問は、「今ハマってることや楽しいことってある?」と質問します。

そうすると少しずつ出てくる子がいます。

ハマっていることは日々のことを思い出してもらうと意外と簡単に出てきたりします。

例えば、すごく引っ込み思案で、本当に人と話すこと不得意な小学5年生の女の子がいました。

初めて出会ったときの会話は、「はい」「わかった」「さようなら」くらいしか言わない子でした。

どうしたら本心を話せるようになるだろうと思いながら、3ヶ月や半年に1度ぐらいの期間で少年自然の家で会える機会に、3つの質問を繰り返し聞いていきました。

そうすると小学校6年生の夏休み前に面談したときに「今やっていて楽しいこってある?」とか「小学校最後の6年生の夏だし、やりたいことってある?」と質問すると、「友だちと服を買いに行きたい」とボソッと言ってくれました。

そしてお母さんに頼んで服を買いに行かせてもらったということがあります。

その年の冬、また次に話す機会があったときに「ファッション関係とかってどう?」と話としていくと、例えばファッションに関係する仕事といっても、「モデル」「雑誌の編集者」「デザイナー」「服を売る人・アパレル関係」など幅広い選択肢があり、それらを提案してみました。

そうして「全部ファッションに関係する仕事だけど、どんなものが興味ありそうかな?」と聞いてみると「ちょっとモデルに興味ありそう」と言いました。

なら「モデルになろう!」といっても、モデルのなり方が良くわからなかったので、「自分で調べてみてね」と言って調べてもらいました。

そして小学校を卒業する際に話す機会があり、その女の子がこう言いました。

「お兄ちゃん、私、芸能事務所に入ったんだ!」と。

私はビックリして「えっ?」と言葉が詰まり、とても鳥肌が立った感覚が今でも忘れられないくらい強烈な経験のして残っています。

その話をしていたときに、その子のお母さんが「高校生になったら少しずつ本格的にやっていこうかな」ということも話していただき、「小学校6年の後半から家で夢の話を積極的にするようになった」ということを教えてくれました。

夢の持つ可能性」を私に教えてくれた出来事でした。

夢を語ることで見える可能性

少年自然の家で用意している「夢思考(志向)面談」で使用する2つアンケートがあります。

先ほどのファッションについて話した女の子の場合は、このアンケートは空欄でした。

しかし、卒業前に書いてもらったアンケートには「将来について女優かモデルになりたい」「理由は読者モデルはいろんなかわいい服を着て~」とたくさん書いてくれたいました。

たくさん自分の言葉で、自分の文字で書いてくれているんです。

アンケートが空欄だったものから、書ききれないほどの文字で埋まり、「夢が見つかるだけで、ここまで自分の言葉・文字にできるんだな」と夢の力をすごく感じました。

ここまで「夢の話」を記してきましたが、実はこの活動を使用となったきっかけは、私の中でとても重たい経験であった「友人の自殺」でした。

その友人とは高校生の頃から仲良くなり、何年も仲良く一緒につるんでいた何でも気軽に話せる友人ででした。

大学3年生の頃、その友人と最後に会ったのが自殺の1週間前であり、全くそんな前兆がなく気づくことができませんでした。

今考えてみても「なんでだろうな」と思いますが、たくさん今までいろんなことを話してきたのに、「将来の話」はあまりしたことがなかったなと考えています。

彼にとっての大人になるイメージだったり、この先の将来というのが明確に見えてなかったのではないかと考えるようになりました。

「頭の良かった彼にすら見えなかった将来」を子どもたちと一緒に探していく…。

そんな想いから、「夢思考(志向)面談」というものが始まっていきました。

「将来の夢はありますか?」という質問は、ずっと自分に問い続けています。

子どもたちの将来の夢を考える「夢思考(志向)面談」を始めたときに、まずは子どもたちから見ようということで、「夢はありますか?」という質問から始まりました。

そして、試行錯誤の中で始まった面談の途中で気づくことがありました。

それは保護者との関係があまり良くないところでもあり、「親の接し方が少し良くないことがあるんじゃないか」というものです。

面談のスタートに「将来の夢はありますか?」と聞くと、「あんまり考えてないよね?」って保護者の方が口を挟むのです。

この言葉が非常に多く、その雰囲気や言葉に圧倒されてか、子どもたちはつられて「うん、ない。」と言ってしまう。

これじゃこの先のことなんて考えられないだろう、これじゃ夢のことなんて考えられないし、どうやって過ごしていくのかわからなくなってしまう…。見失ってしまうのではないかなと思っています。

「普通の道」といっても分かりませんが、大学に進学して就職をしていく。

そんなことしか考えられなくなってしまうのではないかと思っています。

私の考えるのは「大人の子どもへの接し方」に問題があると思っています。

高校進学もそうですし、大学進学または大手企業への就職などは、絶対ではないと思っています。

当時家庭教師のアルバイトをしたり、教員を目指していた人が、高校進学は絶対じゃないなんて言うのはおかしいですが「絶対ではない」と思っています。

自分のなりたい夢が見つかって、そこに向けての道であればどんな道でもいい。

そういうふうに本気で思っています。

私が子どもたちと接するときにずっと考えていることがあります。

それは「まず子どもの心の中には絶対に何かがある、絶対に将来の夢が隠れている」と考えています。

それに加えて、その先にどんな漠然とした夢であっても、いや無茶だろうという夢であっても「認めてあげる」ということです。

絶対に否定はしない。ここで否定をしてしまうとそこで次の夢が途絶えてしまうからです。

「将来の夢? うーん、幸せになりたい。」という漠然とした夢を話す子もいます。

そんな場合は「幸せってなんだろうね?」と聞くと「うーん、例えば大金持ちになるとか、大家族を持つとか?あとは美味しいものが食べたい」といった夢が語られることもあります。

夢はどんなものでもよくて、職業なんかでなくとも、明確にできるものでなくてもいいと思います。

「それこそが、その子の生きる意味であればいいかな」というふうに私は考えています。

この先、この子たちが前を向いて生きるために、将来の夢が少しでも役立てばいいと思っています。

私がこんな話を続けることで、子どもたちの方から「次はこんな夢を持ってるんだよね」と話してくれたりもします。

どんどん進化(成長?)していき、小学生や中学生なので、自分の将来の夢を語るのは難しいかなという年代の子たちですが、言葉にしてくれます。

そして私に話しかけてくれるので、他の友だちも聞いています。

「えっ、お前それになるの!?」といった友だちに聞かれてもいいような感覚で話してくれます。

「みんな口に出して、それを認めること」を友だち同士でしています。

これこそが前を向いて生きていく理由になるんじゃないかなと思っています。

さいごに

冒頭の3つの質問「夢はありますか?」「昔はあった?」「今ハマっているものは?」のたった3つの質問だけで、子どもの中から何かが出てきます。

私はそれを、絶対に潰してほしくないですし、そこから対話をスタートしてほしいと思っています。

そしてこの話は、少年自然の家の家に来るような小学生だけでなく、就職活動を行っている大学生にも当てはまると思っています。

自己分析をする際に「自分のやりたいこと」と向き合ったり、「どんな就職先にしようかな?企業もありかな?」なんて考えることもあるでしょう。

また、将来のことについて家族や友人と話すこともあれば、恥ずかしくて話せないこともあるかもしれません。

それでも、どんなに絵空事で無謀なことでも、何も思いつかないことでも、そのことについて「自分自身で認めてあげること」をしてもらいたいです。

夢の持つことでの可能性は無限」であり、やってみないとわからないし、やるかやらないかも自分で選択できるのです。

そうしたら、どうやって実現させるのかを考えてみたり、距離を取ってみることもできます。

自分らしさは、自分の可能性として「夢」が見せてくれるかもしれません。

それでは今回はここまでです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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