「ない」から「ある」へ… 『ある』を活かすとは

キャリアの手助け

突然ですが質問です。

『自分の周りで、いま「ある」モノを活かせていますか?』

「もったいない」という言葉が世界中で使われているように、物を大切にする意識が求められています。

一方で、3Rと言われる中でもリユースやリサイクル、また住宅のリフォームなど、いま「ある」モノを活かす技術やツールはどんどん進化しています。

私は高校・大学と進んでいく中で、このように感じていました…。

“ 自分には何も「ない」 ”

しかし、2つのコミュニティでの出会いと数々の経験から私はこう考えています。

“ 私たちは意識を持つだけではなく、技術やツールを駆使して、いま「ある」モノを上手く活かしていく必要がある ”

このような自分なりの答えに行きつきました。

今回は自分なりに見つけた『いま「ある」モノを活かす 』ということについて、私の想いを綴りたいと思います。

劣等感から始まるきっかけ

冒頭、1つの問いかけをさせていただきました。

『自分の周りで、いま「ある」モノを活かせていますか?』 と…。

私は全く活かせていませんでした。それどころか、自分の中には何もないとさえ思っていました。

高校時代の私は1学年160人程の生徒がいる商業高校に通っていました。

中学のときは勉強ができず、部活の陸上競技に打ち込みながら、たまたま実績を上げていたのでスポーツ推薦という枠で勉強から逃げながらの進学でした。

そして、高校に入学したからの成績は平凡よりも悪いくらいだったように記憶しています。40番ぐらいのときもあれば、100番以下のときもあったと思います。

勉強に関しては、一度下がってしまうと途中から一度も浮上することなく終わり、そして卒業を迎えて、またスポーツ推薦という枠組みで成績から逃げて、大学も陸上競技で選びました。

進学した大学は地元の私立だったこともあり、決してレベルの高い大学だったわけではありませんが、周りは「学びに来ている」「夢・目標がある」「活発的に活動している」人が目につき、輝いて見えました。

そして、出会った友人・仲間と比べて「自分は頭が悪いな。どうせ自分には才能がないんだ。」と、劣等感をたくさん集めてしまいました。

その結果、『「自分には何もない」という自信のない空っぽの人』になってしまったんです。

そんな私が、社会人になって教員免許を取得し、社会人4年目になって大学院の教育学部に通うようになり、今は一企業の人事・採用を行う人になりました。

当時の私には想像できないことでしたが、大きく変わることになったきっかけは、ある2つの出会いでした。

2つのコミュニティで出会った「ない」と「ある」

まず私が出会ったキラキラした人は、少年自然の家でボランティア活動に対して輝いた同級生でした。

部活に明け暮れた毎日を過ごしていた中で、たまたま学部の違う部活の先輩から声をかけられました。

「夏休みに暇だったらボランティアやらない?」と…。

そこまで強い興味・関心はありませんでしたが、活動内容が「少年自然の家」で子ども達とキャンプなどの野外活動をするということだったので、暇だし気軽に行ってみようと思いました。

そんな気軽に参加した少年自然の家のボランティアでしたが、この活動にはいろんな要素が求められます。

子ども達と関わる体力やコミュニケーション技術、危険の察知の能力、懐いてもらうためのオリジナリティな人間性などです。

そして、その少年自然の家のボランティアで出会ったのが、大学1年生のときから活動に参加していた茶髪チャラ男の同級生でした。

ボランティア活動初心者の私に、その同級生はチャラチャラしながら軽い言葉でこう言いました。

子どもが心を開いてくれるかどうかは、自分のパーソナリティを表現するためのオリジナリティがないとダメだよ!

この言葉を聞いたとき、意味不明で「は?何をわけのわからないこと言っちゃてんの?」と心の中で思っていました(笑)。

しかし、初日でその言葉の意味を理解することになりました。

上辺だけで子ども達と接していると、子ども達は何かを感じ取り、飽きて離れていったんです。

そして、茶髪チャラ男の同級生の周りには子ども達が彼を取り合うように寄りかかっていました。

ここから「お前らしさは何なんだ?」と常に問われ続けてきたように感じます。

それに同級生や一緒に活動している人たちは、この「オリジナリティの作り方」については教えてくれませんでした。

自分で見つけろ。自分にもわからない魅力が他者にわかるわけないだろ。

といった言葉も返ってきて、私はどうやったら自分らしくなれるのか、自分らしさはどこにあるのか、さっぱりわかりませんでした。

そしてまた私は、大学入学時と同じように劣等感を集め続けていました。

「自分には何もない」と今の自分を否定していたんです。

だからこそ「もっと勉強できるようにならなくちゃ」「もっと頭よくならなくちゃ」と、自分に「ない」力を求めました。

自分には何もないから、自分の外に答えを求めたんです。

オリジナリティを追求したときも同じです。自分が本当にやりたいことではなく、自分の外に答えを求めました。

例えば、流行に逆行してみたり、他の誰もやらない奇抜なことをやってみたり、自分が本当にやりたいことじゃなくて、周りを見て周りと違う自分を作ろうとしたんです。

しかし、しっくりきませんでした。

本当に自分がやりたいことは何なんだろう?って自分自身がよくわからなくなってしまったんです。

そんなとき、陸上競技の合宿で全国レベルの1人の選手に出会いました。

彼は2021年の東京オリンピックの代表選にもなった 日本のトッププレーヤーです。

そんな彼のスタンスに衝撃を受けました。

彼の体には「生まれつき筋肉がつきづらいという体質」の特徴がありました。

日本トッププクラスと聞いて、一方でスポーツ選手として筋力がつかないと聞いて頭の中に「?」マークが浮かんだ方がいらっしゃるかもしれません。

「どうやってトップクラスになったの?」と…。

彼は体の使い方・神経の使い方を武器に走りますし、普通の選手にはできない動作を軽々とするんです。

その練習風景は、ある意味パフォーマンスなんじゃないかと思わされるぐらいに圧巻でした。

筋肉がつかないという特徴は確かに一般的なスポーツ選手からするとネガティブな特徴かもしれません。

ただ、競技大会で出るとどうでしょうか?

一般成人の筋力を持った人よりも、体が軽くキレがあるという点で不利を活かしているのです。

彼のシルエットや動きのフォームは決して私には真似できません。体の使い方を意識している選手は多いですが、意識をしても彼の行っている動作を誰もすることができないんです。

彼は筋力がないという「失った力」さえも活かしているのです。

彼の走りを見ると私は胸が熱くなります。

走りがどうこうと言うよりも一見、ネガティブな特徴を背負いながら自分の中に可能性を見出して、そして努力と工夫を重ねるという姿勢に感動を覚えるんです。

私は彼の姿勢から学びました。

自分の中に「ない」力を追い求めるのではなくて、自分の中に「ある」力を活かすことが大事だということを。

そして、ポジティブな特徴のみならず、ネガティブな特徴も含めて、いま自分が持っている力を活かすことが大事だということを。

「ない」から「ある」に変換して変わったこと

先ほどからお伝えしてきたように、私は劣等感を集め続けていました。

そのため、私の中にはネガティブな特徴ならいくらでもありました。

そんなネガティブな特徴が活かせるとすれば、私の中にも「ある」かもしれないと、そうやって自分の中にある可能性を信じられるようになっていったんです。

外に向いていた目線が、自分の中に向けられるようになったんです。

私は部活に明け暮れていましたが、とある出来事をきっかけに本気で教育者を目指すことになりました。

しかし、そのためには教員試験をクリアしないといけないと壁を感じつつ、その壁を乗り越えるためには大きな問題がありました。

英語が壊滅的にダメで、拒絶反応を起こすほど苦手意識を持っており、さらには暗記も苦手でした。

「暗記が苦手だったら試験に通るはずないじゃないか」と、昔の私だったらそうやって自分に「ない」力を求めて、例えば暗記術を身につけようとしたかもしれません。

でも私は、自分に「ない」力を追い求めませんでした。自分の中に「ある」力を活かすことが大事だということを知っていたからです。

ネガティブな特徴も活かせるということを。

私は暗記が苦手とする中に何か「ある」かもしれないと、そうやって暗記が苦手な理由を掘り下げました。

そして暗記が苦手な理由は、ごちゃごちゃ考えることに「ある」ということに気づきました。

例えば何かを覚えるときに「そもそも何で覚えないといけないの?」から始まり、「言葉の表現が何でこんなに難しいの?」とか「さっきこの定義と同じようなの出てきたけどあれと何が違うの?」とか、ごちゃごちゃ考えてしまって素直に入ってきません。

でも、このごちゃごちゃ考えることもネガティブに見えるけど、自分にとっての「ある」かもしれないと考えられるようになっていました。

ちょっと待てよ、「ごちゃごちゃ考える」のうち「考える」っていう部分は勉強に活かせるんじゃないか?と…。

そこで私は、勉強の時間から暗記することを排除して、全て考えるだけの勉強に切り替えました。

例えば教授から「この理論の考え方が大事だから覚えなさい」と言われたら素直に覚えません。

「そもそも何でこんな理論ができたんだろう」とか「なんでこんな表現の仕方を選んでいるんだろう」とかごちゃごちゃ考えるだけの勉強です。

教育者を目指す際には子どもたちに理解してもらうだけでなく、保護者の方や、教育に関連する様々な分野の方達と幅広い話ができないといけない学問です。

実際、すぐに結果は出ませんでしたが、ずっとやってきたことだからこそ、ごちゃごちゃ考えることは苦ではありませんでした。

そして時間はかかりましたが、教育の仕組みや試験対策ではあったものの苦手としていた英語の仕組みもだんだんとわかるようになり、ごちゃごちゃ考えた結果、浅い知識だけでなく深い理解が身についていきました。

3年かかりましたが、英語は教員試験・大学院入試に合格できるレベルになりましたし、教育学を専門に学んでいく中では、同級生たちよりも理解を深めていたのではないかと思っています。

自分に「ない」力を追い求めたのではなく、自分の中に「ある」力を活かそうとしたことが、結果につながったと思っています。

数学の能力が向上すると、脳の別の分野の活動が低下する。その逆もまた然り。

少し前ですが、ある神経科学者がこんな研究結果を発表しました。

つまり、ある能力が低いということは、その裏側で脳の別の分野を活発に動かしている可能性があるということです。

この説に従えば、私は「暗記が苦手」の裏側で考える力を活発に動かしていたことになります。

もしも自分に「才能がないな」「能力がないな」と感じたときはチャンスです。

その「ない」の裏側に隠れている新しい才能に出会えるかもしれません。

「ない」の裏側には「ある」んです。

ちなみに、私が教育者を志したいと思った出来事とは…

少年自然の家で出会った子どもに、お兄ちゃんみたいな適当な人になりたくない!

と言われたことでした(笑)。

「悲しい、悔しい、今に見てろよ」って思いました。プライドを失った経験も「ある」んです。

今では教員という教育者ではなく、企業で研修などを行ったり、大学で講義をさせていただいたりする教育者の立場として、私は自分の中に「ある」を活かすことをとても強く意識しています。

さいごに

果たして、自分にとっての「ある」はなんだろうか?

私のにとっての「ある」は、いろんな経験をさせてくれた「陸上競技」と「少年自然の家」であり、私にとって大切な「ある」です。

ではその「陸上競技」や「少年自然の家」は採用・研修担当として活かせるのか?というと、確かに採用イベントや研修の雑談としては活かされます。

しかし、活かしたのは偶然ではありません。

心理学用語になってしまいますが、「カラーバス効果」というものをご存じでしょうか?

例えば、上の画像の中で「絶対に赤色を見てはいけません」「赤色を見るのは禁止です」というと、赤色を見てしまうというものです。

つまり、ある物事を意識すると、その物事を探し出して見つけることができるという理論です。

私は「陸上競技」と「少年自然の家」をぜひ活かしたいと思い続けて(見続けて)いました。

だからこそ、活かす場所を見つけることができたのだと思います。

自分の中に「ある」を強く意識してみることで、そして、それを活かすことを強く意識してみることで必ず、その「ある」を活かす場所が見つかると思います。

自分たちのそれぞれの「ある」を活かすことができれば、自分たち1人ひとりが輝きます。

そんな私たちが周りの仲間の「ある」を活かすことができれば、仲間の「ある」も輝き、仲間が輝きます。そしてチームが輝き、さらに社会が輝きます。

大切なのは『自分たちの中にすでに「ある」ということ』です。

『自分の周りで、いま「ある」モノを活かせていますか?』そして『自分の「ある」は何ですか?』

それでは今回はここまでです。最後まで読んでいただきありがとうございました!

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